次女の小さなランドセル

次女のこと

こんにちは、ちいはやです。

私は2019年に第二子となる女の子を妊娠八か月の時に死産しています。

原因不明の子宮内胎児死亡でした。

2019年2月に生まれた次女。元気に生まれてきていたら、来春は小学校へ入学する年でした。

私は次女のために、小さなランドセルを作りました。

次女が旅立ってからもう6年が過ぎようとしています。

このランドセルづくりは天使ママ7年目の私なりの、自分の気持ちに寄り添ったグリーフケアです。

同じ経験をされたあなたの参考になればと思い、つづらせていただきます。

ランドセルとグリーフ

大切な人を亡くした時に感じる喪失感の事を「グリーフ」と呼びます。

このグリーフには、別れからの時間などによって訪れる反応に様々なものがあります。

その反応の中のひとつに「記念日反応」と呼ばれるものがあります。

大切な人との記念日や、クリスマス、誕生日といった一般的には「お祝いの日」として笑顔があふれるはずの日が近づくと胸にざわつきが訪れる「記念日反応」と呼ばれる反応があります。

私にとって、「入学」というのは一つの節目、一つの「記念日」だったようです。

それを認識したのは、長女が保育園の年長児のゴールデンウィークの頃、購入するランドセルを決めて、工房での出来事でした。

購入するランドセルを決めて、手続きの書類を作成しているときの事です。送り先の住所などを書いていく中で、「下のお子さんの入学年」を書く項目があり、一瞬手が止まった事を覚えています。

こんな風に、何気ない日々の中に突然訪れるのがグリーフのやっかいな所です。

下に子供がいる場合は、入学年に合わせてカタログを送付するサービスがあるらしく、そのための記載欄でした。

工房だって私を傷つけようとして、その欄を設けたわけではありません。そんなことは百も承知です。

不意に訪れた何とも言えない気持ちを呑み込んで、三女の生年月日と小学校の入学予定年を記したのでした。

遠い記憶、仏壇のそばのランドセル

子供の入学、特にランドセルに対して思う所があるのは、私の記憶の中に「ある光景」が深く刻まれていることが理由の一つかもしれません。

それは、小さな仏壇のそばに置かれたピカピカの真っ赤なランドセル

私は幼い頃、アパートが数棟並んだ団地に住んでいました。団地の中には同じくらいの年ごろの子供がたくさんいました。

幼稚園に通い出した頃だったと思います。同じ団地にいた女の子、Tちゃんの妹が亡くなった、と聞きました。

身近な小さい子供が亡くなる、という事をこの時初めて「現実に起こる事」だと認識しました。

親の仕事の都合で引っ越しをしてその団地を離れましたが、数年後、団地に遊びに行った事がありました。

団地内の公園で複数人の幼馴染と遊んでいて(当時はだれがだれか、半分くらいしか覚えていなかった)みんなの家を訪ねていくことになりました。

何気なく訪れた家の一つにTちゃんの家がありました。

小さな仏壇と、ピカピカの赤いランドセルが目に入りました。

その光景は今でもはっきりと記憶に刻まれています。

当時の私は即座にそれがTちゃんの亡くなった妹の物だと結びつけることはできませんでした。

その頃、自分の祖父が亡くなった事もあり、「お仏壇は亡くなった大切な誰かにお参りをする場所」だとなんとなく理解していました。

小さなお仏壇がだれの物なのかはわかっていませんでしたが、お参りをさせてもらった事だけは覚えています。

この記憶が、30年近くたってわが子を亡くした時、鮮明に蘇ってきました

あのランドセルに込められたご両親の思いを想像すると、今でも胸がきゅっと締め付けられるのです。

次女のランドセル

これが次女のランドセルです。

フェルトを使って、手縫いでちくちく作りました。

次女にもランドセルをあげたいな、とぼんやりと考えていましたが、既製品の大きなランドセルを買うのは少しわが子には合わないな、と考えていました。

そして、このキットを見つけて「よし、作るか」と思い立ったのです。

私はハンドメイドが好きで、縫物自体が心が落ち着く作業です。

それに加え、「娘のために何かが出来ている時間」があるという事が、心をやわらかくしてくれています。

ちくちくと針を進めていくと、自然と涙がこぼれることもありますが、悲しいとか苦しいとかそういう類のものではありません。

出来上がったランドセルをみて、長女と三女は「かわいいー!いいなぁ、次女ちゃん」と羨んでいました。

もう涙を流すことはほとんどないけど、それでもある

6年の月日が流れて、普段の生活の中で次女を思って涙を流すことは今ではほとんどありません。

わが家は長女も三女も、次女の事が大好きなようで、よく宙に向かって話しかけています。

イマジナリーフレンドとでもいうのでしょうか。声優は母が務めさせていただいているのですが、娘たちはその次女との交流が楽しいようです。

そんな居心地が良い家族の形のおかげで、次女の存在を無理なく感じ続けながら日々を過ごしています。

それでも、涙を流す時間もあります。

それは、次女の誕生日。この日ばかりは、6度目の誕生日を迎えた日も、ひとりで涙を流していました。

この日は休める時は仕事を休んで、なるべくゆっくりと時間を取り、次女と対話をするように、次女に着せたベビー服や思い出の品を収めている箱を開いて思い出に浸っています。

長女や三女、夫には内緒で、美味しいケーキ屋さんでケーキを買って、美味しいコーヒーを入れて。小さなブーケを買う事も多いですね。

こうしてゆったりと二人きりの時間を楽しむようにしています。

この時に流れるのは悲しみや苦しみの涙ではなく、温かな涙です。

この時間を確保することが今の私にとっての心地よいグリーフケアなのかな、と感じています。

その時に心地の良い形でグリーフケアを続けたい

わが子を亡くすというのは、人生において何よりも辛い経験です。

そして、死産や誕生死、新生児死というのは一般的にあまり認知されておらず、その悲しみや苦しみ、孤独、喪失感を一人で抱えて生きている方もいらっしゃることかと思います。

「グリーフ」との丁度良い付き合い方は人それぞれです。

上手に共に生きていける場合もあれば、どうしても共存できない事もあるかと思います。

でも、どんな時も焦らずに。いまのあなたにとって心地の良い形でケアをしていただきたいと思います。

あなたは一人ではありません。同じような経験をしながらも、笑顔で日々を過ごせている仲間がいる事を知っていただけると嬉しいです。

またあなたが笑顔になれるときが来ることを祈っています。

タイトルとURLをコピーしました